私はもともと好き嫌いのない人間ですが、大人になってから味を知ったお酒のつまみの数々については特に「会えてよかった」と食べ物の神様に感謝する体験を何度もしています。からすみやモツの煮込み、クセのあるところで馬刺しや山羊肉、あんこうやどじょうの柳川、珍しいところでタイ料理屋さんで頂いたなにかの「虫」のから揚げまで、一口ごとになんておいしいものだろうと思いながら味わいます。
勿論、スタンダードなおつまみも大好きです。暑い夏には枝豆や煮びたし、寒い冬にはおでんやなべ物。からっと揚げたてんぷらやザンギも外せません。ああ思い出しても涎(よだれ)が止まらない。そして子供の時には知らなかったこうした「おいしいもの」との出会いを取り持ってくれる素敵な飲食店に敬意を払うわけです。
しかし、そんな私にとって、承服できないお店の一群があるのです。
それは、あっさりした軽めの料理のキャッチコピーに「女性に人気」というフレーズを使うお店群です。とはいっても「しめさば」や「わかめの酢の物」が「女性に人気」といわれることはあまりなくて、たとえばシーザーサラダやバターコーンなど、材料がカタカナであることが特徴です。
怪しからん。実にけしからん。
こうしたキャッチコピーを見ると私は怒りに震えます。何故、女性がみなチーズソースをかけたレタスが食べたいものだと思うんだろう。何故、缶詰のトウモロコシを熱してバターを添えると女性が喜ぶと思うんだろう。過去に本当に女性客の最多オーダー記録があるんだったら見せてみんかい。
いや、実際、こうした料理が出されれば、私は美味しく頂きます。チーズは好きですし。
しかし、それ以上に魅力的なその料理やあの料理をオーダーすることが、私には許されていないんじゃないかと思えてしまうのです。誤解を恐れず言ってしまえば、こういうおしながきが壁に貼られていると「女性客よ、キミらが来ることが飲食店繁盛の秘訣だと言われたから、とりあえずキミらが好きそうな料理をメニュー入れてやったぞよ。だからつべこべ言わずにこれ食べておきなさい。」といわれているように感じられるんです。つまり、そういうメニューを作った人がもともとどういう「女性客」をイメージしていて、どの程度真剣にそうした「女性客」に訴求できる料理を考えているかが見えてしまうんですね。
その料理がたとえば他のメニューに較べて「高級感溢れる」や「希少性がある」で代弁できるようなものであれば、女性客は「女性用料理」に不満を抱くことはないでしょう。場合によっては、本来それをオーダーする気がなかったにもかかわらず、うっかりそれをオーダーしてしまうことだってあるかもしれません。しかし私のような胃袋の主が、すきっ腹を抱えて来店したと同時に「女性客はレタスやコーンをどうぞ」というメッセージを目にしたら、何かが音を立てて切れてしまっても仕方ない、というものです。
そのぐらい、お店の「おしながき」は恐ろしい力をお客様に及ぼしている、ということなんです。そして「女性」だけではなく「飲食店」だけでなく、あらゆるものを売るときに発するメッセージというのは、お客様の心理に影響力を強く持つものであることを、いろんな業種の皆様に認識して頂きたいなと願う次第です。
文責:松 美奈子・tnc会員 (2012.8.7)